今はお正月と言えば三が日だけで四日になると仕事に行く方も有り七草粥を食べれば学校が始まったりしてお正月気分は一掃されてしまうが江戸時代の頃はもっと期間が長かったのである 前年の十二月中旬には煤払いが始まる ここからお正月の行事は始まる事となる 門松を作り家の前に飾り付け二十五日頃には餅つきをして鏡餅を供えおせち料理を作って大晦日の日に年越しそばを食べて初めて新年を迎える 一月十四日に松飾を外す松送りをして燃やすドンド焼きの行事・・・ここまでがお正月であった つまり一ヶ月間がお正月だったのである 松は冬になって他の植物が枯れても緑の葉を付けている所から神が宿っていると考えられ永遠の生命のしるしでも有った その松を門の前に飾ったのは年神が降りてくる時の目印だったのである ところで・・ この松飾りはいつまで飾っておく物なのだろうか 先に十四日と書いたが1662年に幕府によって七日に定められたのである 確かに年が明けていつまでもお正月気分で庶民が働かないと国は困るかもしれない しかし毎日忙しい現代人のこと・・・ お正月くらいはゆっくりとした時間を持ちたいと考えるのは私だけではないと思うのだがいかがであろうか |
節分が近づいてまいりました この日は冬と春の節目であり新しい年の始まりでもありました この日に巻き寿司を恵方に向かって食べると言う習慣があるそうです この恵方と言うのは歳徳神が居る方向の事ですが歳徳神というのは歳禄神・大歳神とで三大吉神と言われます 陰陽道の考え方から来ておりその年の福徳をつかさどる神とされています 歳徳神は毎年移動をする神で2004年はは東北東にいらっしゃると言うことです この神の居る方向と自分の本名星が一致すると特に良いとか 本名星とは四緑木星とか一白水星とか言うものでこれを九星と言います これに対して月の凶神である歳破神・金神と同じ位置になると凶災をこうむるとされています 古くからいろいろな行事がこの時期には執り行われていますが大地の中から新しい芽が出てくるのを生命の復活と感じたのでしょう そして其処に新たな神が宿るのだと信じていたのではないでしょうか |
立春の前の日を節分と言って豆まきをするが元々は立冬・立春・立夏・立秋の前日を全て節分と呼んでいたのである 室町時代の頃から立春の前日だけを節分と呼ぶようになったのである それではどうして豆まきをするのか・・ 立春とは旧暦では新年の事であったので歳神を迎える前に宮中から鬼を追い払う行事が大晦日に行われていた これが一般に広まったのが豆まきなのである 今のように医学が発達していなかった時代には病や災害は悪霊や鬼の仕業と考えられていたのでこれを祓う為に寺社に強く受け継がれて行った 豆を撒く事によって魔芽つまり悪い芽をつぶし真目即ち心の目を養って健康に過ごすようにと寺社は教えを説いた そして豆は煎った物だけを使うようになる 火の力によって鬼を焼き払うと言うのである 生の豆を使うと芽が出てきて魔芽となり良くないことがおきるので煎って真目に変えるのだと言う説もある 魔芽を煎る事で真目に変えた豆は神の下で福豆と呼ばれるようになって行った 昼の間は神に奉げ夜になると豆を撒くようになったそうである この豆を撒くのは厄年の人で家族に厄年の者がいない時は主が行うと言うのが本来の姿の様である 豆を年の数より一つ多く食べると言うのは本来はこの厄年の人の為の物だったのである 節分は年の変わり目であるから一つ数多く食べる事で厄を飛び越してしまおうと言う訳である それがいつの頃からか厄年に関係ない人も年の数より一つ多く食べるようになって行ったのである そう言う由来の有る事であるから前厄の人が一つ多く食べて本厄にしてしまうのはチョッと違うのではないかとも考える 前厄の人は年の数だけ食べるのは本来の姿ではないだろうか 今ではこのような事はあまり考えらなえないようであるからお腹を壊さない程度に楽しんで食べるのが一番なのだろうか・・ 節分を過ぎれば暦の上では春になる 新しい年を迎えた気持ちで毎日を過ごせば鬼も寄り付かないのではないだろうか |
今昔物語・お伽草紙等の本に良く出てくる三十番神・・・是はどう云う神なのであろうか この神は一ヶ月30日を交代で守護する神の事である 伝教大師(最澄)が初めて比叡山に祀ったとされ平安時代の末には一般に浸透し鎌倉時代には盛んに信仰されていたそうである 「古事類苑」によると十種類の三十番神が考えられていると有る 国・法・天地・宮中などを守護するとされる神仏融合思想で中でも法華経守護の三十番神が著名である その神々の名前を見てみると怱々たるメンバーで「熱田大明神」「諏訪大明神」「賀茂大明神」「貴船大明神」「稲荷大明神」などの名前が連なっている 後に神仏分離が行われた時に危うく壊されそうになった所も有った様であるが機知に富んだ人の提案で今日まで無事に残っているそうである それにしてもこの様なメジャーな神々が一日交代をしなければ為らないほどこの国の守護は難しいのだろうか 少し不安ではある・・・ |
お盆休みを迎えて帰省ラッシュのニュースが毎日話題になっていますね 地域によっては8月だったり7月だったりします これも不思議なお話ですがお盆とは一体どうして始まったのでしょうか? お盆のはじまりについては「盂蘭盆経」という教えの中で親孝行の大切さを説いている話が昔から知られています お盆は正式には「盂蘭盆会」と言ってサンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したものだと言われています 親孝行の話はこうです 釈迦の弟子の中で神通力一番とされている目連と言う方が或る時神通力によって亡き母が飢餓道に落ち逆さ吊りにされ苦しんでいると知りました そこでどうしたら母親を救えるのかを釈迦に相談にいきました すると釈迦は「おまえが多くの人に施しをすれば母親は救われる」と言われました そこで目連は釈迦の教えに従い夏の修行期間のあける7月15日に多くの層の人たちに飲食物をささげて供養したのです すると、その功徳によって母親は、極楽往生がとげられたそうです それ以来(旧暦)7月15日は、父母や先祖に報恩感謝をささげ、供養をつむ重要な日となったと言われています わが国では、推古天皇の時代(606年)に、初めてお盆の行事が行われたと伝えられています 現在日本各地で行われるお盆の行事は各地の風習などが加わったりして様々ですが一般的に先祖の霊が帰ってくると考えられています 日本のお盆は祖先の霊と一緒に過ごす期間なのです 迎え火を焚いて先祖を迎えると言う事も行われていますね これは火を目印に帰ってくると言う考え方で当然明けには送り火を焚く事になります いずれにしても高速道路で事故だけは起こさないで安全運転で帰省して欲しい物です |